みどりのゆび  TISTOU  LESPOUCES VERTS

 最近、『みどりのゆび』(原題TISTOU  LESPOUCES VERTS)という童話を読みなおしました。
小学校3年生のときに初めて読んだこのお話を私は忘れることができず、ぼろぼろになった本を今でも書棚の片隅に置いています。
作者はモーリス・ドリュオン。1918年にパリで生まれ、第二次世界大戦中、ナチスドイツに占領された祖国で、自由と平和を守るために勇敢に戦った作家で、『人間の終末』という三部作の中の第一作『大家族』で、ゴンクール賞を受賞しました。訳者は、安藤次男さんです。お二人ともすでにこの世を去りましたが、素晴らしい仕事をしてくださったことに、深く感謝しています。

 『みどりのゆび』は、エスプリの効いた反戦童話として知られていますが、私にはそれ以上のものでした。『星の王子様』が、「目に見えないものの大切さ」を教えてくれたように、このお話から私は、とても大切なことをいくつも学んだのです。「植物を愛する心は平和を愛する心に通じること」、「自分がひとと違った子どもであってもよいこと」「人間は互いに完全に理解し合うことはできないけれど、対話し、愛し合うこと」、「戦争は人間を不幸にすること」、「勇気をもって命を見守り、生きることを助け、平和を作り出すことの大切さ」……。子どもの頃、いろいろなことを考え、質問することが好きで、いつも納得のいく答えが得られなかった私、いつも周囲との違和感を感じていた私を、この本は静かに励ましてくれました。私が庭師に憧れたのは、この本から受けた影響によるところが大きいのです。
  『みどりのゆび』の主人公は、武器製造で有名な町ミルポワルで、たいそう美しく裕福な両親に愛されて育った少年チト。彼は 愛らしく、賢く、自分の考えを持ち、勇気のある8歳の子どもでしたが、なぜか学校に行くと居眠りばかり。「他の子供とは違う」という理由で学校を追い出されたチトを、武器製造工場の経営者であるおとうさんとおかあさんは、本から知識を学ぶのではなく、実際の体験から学ばせようとします。大好きな庭師のムスターシュから、自分が「植物を生み育てる特別な力もつ"みどりのおやゆび"」の持ち主であると知らされたチトは、不思議なゆびを使って、刑務所や病院や貧民街を花や植物で溢れさせ、苦しむ人々に希望をもたらし、様々な問題を解決していきます。
 
 あるとき、ミルポワルの町と友好関係にある国≪バジー≫と中の悪い国≪バタン≫が戦争を始めることになりました。チトの両親は、美しいだけでなく、とてもよい人でした。けれども、お父さんの仕事は、武器を作る工場を経営することでした。チトの両親は、わが子を愛すると同時に、それを使うことでみなし子を作ってしまうような恐ろしい武器を製造し、それらをを売ることで、富を得ていたのです。二人がやさしい善良な人であるのとはたいへん矛盾したことでした。

 チトは戦争をやめさせるために、お父さんの立派な工場で作られた数々の兵器に花の種を仕込みました。戦場で、兵士が武器を使おうとすると、銃口から花が咲き、大砲からは花束が飛び出しました。これでは戦争などできません。両国は平和条約を結びました。そして事業が成り立たなくなったお父さんは、これまでの矛盾に気づき、一大決心をして、武器工場を花工場に変えたのです。
 ミルポワルは、美しい花の町として有名になりました。人々が幸せに暮らすある日、チトは、大好きな年老いた庭師ムスターシュが死んだことを、口の利ける子馬ジムナスティックから知らされます。チトと仲良しのジムナスティックは、哲学者のように、預言者のように、物事を洞察し、チトもじきにこの世界から旅立つであることを知っていました。
 ある夜、チトは自分が育てた不思議な2本の木に藤のツルを伝わせて作った、高い高い梯子を上って、天に帰っていきました。チトは天使だったのです。
 
  *子どもの頃、私は、天使ってなんだろうと、ずっと考えていました。
   大きくなって聖書を学び、天使とは、神から遣わされた者」だとわかり、ようやく物語の結末が腑に落ちたのでした。

 
 1960年代は、欧米で若者たちが「フラワー・ムーブメント」と呼ばれる平和運動をした時代でした。「フラワー・ムーブメント」とこのお話には、つながりがあるのでしょうか。モーリス・デュリオンの『人間の終末』を私はまだ読んでいませんし、彼についてよく知らないのです。これから、少しずつ調べてみたいと思っています。